不器用人の地球適応記

不器用人の地球適応記

不器用人、地球適応の訓練課程を綴ります

はじめまして。そして、この度は当ブログ「不器用人の地球適応記」をご覧くださり誠に感謝申し上げます。

ワタクシ『不器用のぶきみ』と申します。

地球に生まれて、早20数年。未だに、この大地に適応することができておりません...。

 

というのも、ワタクシあまりに不器用なのです。

「不器用」とは様々な意味がありますが、手先の不器用であったり、振る舞いの不器用であったり。コミュニケーションや生き方まで。

今までは不器用ながらも、周囲の(生)温かく優しいご支援によって、あっぷあっぷではございますがここまで何とか生きることができました。

 

しかし。

 

周囲に甘えてばかりの人生は、あっという間に終わりを迎えたようです。

ハタチも過ぎ成人ともなれば、自分の面倒は自分で見れるもの。

ですが、今まで他人に依存し他力本願で生きてきた私には、自分の力で生き抜く術を育むことができなかったのです...。

炊事?洗濯?何もできません、それに加えて、持ち合わせの不器用さ(※ここでは手先の器用さ)。

...失敗ばかりです。自分の年齢に応じたことさえできない。まるで身体だけ大人の、中身幼稚園児。

いつのまにか自信をなくしていました。すべてにおいて。合言葉は「でも、どうせ。」何にしたって、自分が成功するビジョンが見えなかった。失敗するシーンしか描けなかった。

 

しかし冷静に考えました。

私のこの(生きる上での)不器用さはどこから生じているのか。

それは勿論、持ち前の手先の残念なところもあるけれど、一番は何事にも対する経験の少なさだということ。失敗を恐れるあまり、あらゆることから逃げ出してきたツケが回ってきていたのです。

そうと自覚したならば、飽き性で嫌なことはやりたくない(糞我が儘な)ポリシーには反せず、自分が好きなことや最近興味のあること。細かい作業・集中力を要することを通して、社会経験や器用さを追習得していこうと思い至ったのです。

そして自分の手で出来るコト・出来たモノが生まれたとき、自信や自己肯定感も養えるのではないかと思いました。

 

前置きは長くなりましたが、このブログは飽き性で怠け者の私が、器用さ養成トレーニングをするモチベーションを保つために始めました。

手先をはじめとした「器用さ」のトレーニングを中心に。それだけだと息が詰まってしまうので、日々のお楽しみ(つまりエンタメ等)まで記したいと思います。

「器用さ」に関係はないかもしれませんが、教養のある引き出しの多い人にもなりたいものです。お楽しみ、とは言いますが教養も兼ねて。

 

最後にはなりますが、私が今日これまで生きてこれたように、皆様からの(生)温かい励ましが私を支えます。

どうぞ(生)温かく、お見守りいただければ幸いです。

 

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重ったらしいことを書いてますが、なんか絡んでみたいな~とお思いでしたらご気軽に!(コミュニケーションが得意な方ではないので、ツマラン奴だとは思います...)