不器用人の地球適応記

不器用人の地球適応記

不器用人、地球適応の訓練課程を綴ります

自分が観ると負ける・応援すると悪い結果になる、と考えてしまう心理

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私は以前から、自分が応援するものは(言葉はアレですが)呪われると思っていました。応援するようになった途端、不調になったり成績を落としたり。

 

最近はむしろ、自分が目をつけた選手や肩入れしたチームが活躍することが多く、自分にはもしや人を見る目があるのではなかろうか...としたり顔で調子に乗っていたのですが。

 

しかし先日、自身の気分が落ち込んでいたことと、私が応援する選手の不振とが相まって、久しぶりに「自分が応援するものは呪われる」という考えが浮上してきました。

やっぱり自分「なんか」が応援するのは良くなかったのではないか、応援するのはもうやめた方がいいのではないだろうか...と飛躍する思考。慌ててブレーキをかけます。

悲観的な思考を切り離し客観的に現実を捉えれば、そんなことは有り得ないと分かります。

そこで二度と「どツボ」にはまらないように、理詰めで駄目押しするべく、ヒトはなぜこのような心理に至るのかという根拠が欲しくなりました。

 

 

 

認知バイアス

 

直観や先入観、自らの願望やこれまでの経験、他人からの影響によって論理的な思考が妨げられ、不合理な判断や選択をしてしまう心理現象のこと。

 

社会心理学には「錯誤相関(幻相関)」という言葉があるそう。

本来関係がないはずの2事象間に、関係があると思い込んでしまうことを指します。

「自分が観ること・応援すること」と「チームや選手の勝敗・調子」は、冷静に考えずとも関連がないことは明らかです。しかし良い結果あるいは悪い結果ばかりが印象に残ることで、人は"冷静に考えずとも明らかであること"を無意識に誤認してゆくのです。

まあこの「自分が観ること」と「チーム・選手の状態」を捉える場合、本気で関連があると信じている人は少なく、皆冗談半分かと思いますが...

 

 

ネガティビティ・バイアス

 

また「ネガティビティ・バイアス」 と呼ばれる心理現象もあります。

ポジティブな情報よりも、ネガティブな情報に注意を向けたり重要視するといった情報処理の仕方だそうです。

我々は今まで数かぞえ切れないほどの勝ち試合や選手・チームの活躍に相まみえてきたことでしょう。にも関わらず、負けや不調などの「悪い結果=ネガティブなこと」ばかりに目が行ってしまう、印象に残ってしまう。

たとえば、自分が風呂に入っている間にいつも失点して負け越してしまうんだ!のようなね。勿論すべての試合、自分が入浴時失点している人などこの世に一人もありませんから、それはただの思い込みにすぎないのですよね、

つまり「自分が観る・応援すると悪い結果になる」と考える心理も、ネガティビティ・バイアスのためと言えるのではないでしょうか。

 

Beckの認知理論ー認知の誤り

今では行動療法と合体して認知行動療法と呼ばれる、認知療法を展開したBeck。彼は抑うつに関する認知理論を紹介しました。

Beckによって提唱された「認知の誤り(congnitive errors)」の6パターン*は、今回の「自分が観ると負ける・応援すると悪い結果になる」と思い込む心理を明かすうえで、大いに役立つのではないかと思い、引用させていただきました。

 

過度の一般化(overgeneralization)

   一つの事例をまるで全てに対して当てはまるように考えること

   例:ある一人から嫌われたことに対し、すべての人から嫌われたように考える

 ・過大解釈と過小解釈(magnification and minimization)

   出来事の重要性や影響力を過大に、または過小に捉えること

   例:ポジティブなことには目もくれず、ネガティブなことばかり偏重する

 ・二分法的思考(dichotomous thinking)

   白か黒か、YesかNoか、成功か失敗か

   物事に対して中間的な考えができないこと

 ・恣意的推論(arbitrary inference)

   根拠なしに否定的な結論を下すこと

   また反証があるにも関わらず自分の結論を曲げないこと

 ・個人化(personalization)

   ネガティブな出来事の発生に対し、自分のせいでないのに自分が原因なのだと考えること

 ・選択的抽出(selective abstraction)

    注目すべき情報がいくつもあるのに、一つの情報に注目すること

    例:ポジティブな事柄はたくさんあるのに、ネガティブな一結果ばかりにとらわれてしまう

 

参考:黒田祐二『対人関係の抑うつスキーマ,主観的な対人ストレスの生成,抑うつの関係』

   心理学研究 第82巻 第3号 pp.257-264 (2011)

          *Beck et al.(1979) 坂野監訳(2007);Clark&Beck(1999);

   Twaddle&Scott(1991)坂本訳(1996);Dozois&Beck(2008)-上記文献より引用

 

ネガティビティ・バイアスと重複する部分もありますね。

それを補完し、なおも「自分が観ると負ける・応援すると悪い結果になる」と考える心理の多くを説明したものだと思います。これらの認知のゆがみのパターンが複合的に絡み合った結果、生じた考えであると言えるでしょう。

ただ以上の「認知の誤り」は本来、抑うつをもたらすプロセスの一過程として挙げられたものです。今回のようなたかがチーム・選手の状態における冗談めいた自嘲が、抑うつという深刻なケースには繋がらないとは思いますが...

 

省察...自分には影響力があるという優越を感じたい?

さて以上には一応、人間の心の働きにおける心理学的な根拠を挙げました。

しかし”私”のその感情をもう少し紐解いて分析してみると、どうやら別の思惑が裏にあるような気がしてならないのです。

 

「自分が観ると負ける・応援すると悪い結果になる」と考える心理ですが...

あくまで"私"に限ってですが、自分(の行動)が試合結果や選手・チームの成績に関与しているという気分になることで、優越感を得ているのではないかと思うのです。

今までも何度も申してきたとおり、「自分が観ること」で「チームや選手の勝敗・調子」が干渉される訳がありません。

非合理であるにもかかわらず、いや非合理だからこそ、超常的な力によって自分が権威あるものに干渉できていると感じる。権威に干渉できる力が自分にあると思い込むことで、優越感に浸り承認欲求を満たしているのではないだろうかと。

自分のせいで悪い結果を呼び起こしていると周囲に愚痴りながら、その顔はヘラヘラどこか自慢げなのです。

まさかそんなことを意識していたら、妄執もいい加減にせえよとドン引くところですが、おそらくは無意識なのです。無意識ゆえの、何とおこがましい心理であること...。

 

この気持ちにもきっと名前があるのでしょうが、私は残念ながら存じておりません。 

名を知らずとも、今回存在を心の中に認めただけでも成果として反省したいばかりです。

 

総論

「自分が観ると負ける・応援すると悪い結果になる」と考える心理について、

一般的には認知バイアスのような働きによって催されるということが多数なのではないかと思いました。(加えて過剰な被害妄想や、強い自責の念・自己肯定感の欠如もあるかもしれませんが、)

一方でもしかすると、有名団体・著名人に対して自分は干渉できるという無意識下の優越感がその感情を招いているのではないか、とも自省して思い至りました。

 

結論から言えば「自分が観ると負ける・応援すると悪い結果になる」と考える心理は"非合理"の一言に尽きます。2者間に関連は全くありません。

自分が観るからどうこうなると余計なことに囚われず、また愚かしい優越感へ戒めの気持ちも込めて

目の前の1試合1試合を気兼ねなく・純粋に、応援しようと思いました。

応援しないよか、応援した方がそりゃいいわい!

 

___

最後に私の父の、ここ最近の口癖を紹介して終わります。

 

「自分が観ると負けるから試合見たくないんだよなぁ」

 

蛙の子はかえる。

 

 

参考文献

野村証券ホームページ「証券用語解説集」<https://www.nomura.co.jp/terms/japan/ni/A02740.html>(2018/09/21アクセス)

小澤拓広,下斗米敦『結果関連関与が意思決定におけるネガティビティ・バイアスの強度に及ぼす影響 : 将来自己と心理的安全装置の関連』専修人間科学論集. 心理学篇 (2), 9-19(2012)

黒田祐二『対人関係の抑うつスキーマ,主観的な対人ストレスの生成,抑うつの関係』心理学研究 第82巻 第3号 pp.257-264 (2011)

JACT日本認知療法学会ホームページ「認知療法に興味をお持ちの皆様へ」<http://jact.umin.jp/introduction.shtml>(2018/09/21アクセス)